イタリアを旅行中、気軽に立ち寄ったレストランで思った以上に時間をとられたという経験がある人も多いことでしょう。
日本の感覚でパスタ一皿で気軽に済ませようと思っても、入ったお店の雰囲気によっては事情が許さない場合もあります。
イタリア人といえばいつも何か食べている、食事の時間がとても長い、そういったイメージがあると思います。
この記事では、イタリア人の食事時間はなぜこうも長いのか、食事情とともにご説明したいと思います。
目次
イタリア人にとって、食事の場とはどういう場所か
イタリアの食事時間が長い理由は、料理の品数が多いからだけではありません。食文化の根底にある価値観を知ることで、食事時間の長さが単なる非効率ではなく、深い意味を持つものだとわかっていただけるはずです。
食事は「食べる場」ではなく「人と向き合う場」
イタリア人にとって食卓とは、単に空腹を満たす場所ではなく、人間関係を育み、自己表現をするための場です。
家族と今日あった出来事を話し合い、友人とは近況や笑い話に花を咲かせ、ビジネスの席では仕事への思いを伝え合う。テーブルを挟んで向かい合う時間そのものに、イタリア人は特別な価値を見出しています。本当のメインは食べ物ではなく会話であり、いかに相手に豊かな時間を過ごしてもらうかが、食事の場における最大の関心事とも言えます。
イタリアで修業経験を持つ料理人がしばしば口にするのは、食事に時間をかけること自体が相手への敬意の示し方だ、という感覚です。急いで食べて帰るのはむしろ失礼にあたる——この価値観が、食卓の長さの根底にあります。
家庭の夕食に招かれた場合の典型的な流れを見ると、その感覚がよく分かります。19時半に集合しても、ゲストが全員揃うのは20時過ぎ。そこから食前酒のアペリティーボが始まり、テーブルについて前菜が出るのは21時頃。パスタ、メインとゆっくり進み、ドルチェと食後酒が登場する頃には日付が変わっていることも珍しくありません。「食べる」ことと「夜通し語り合う」ことが、ほとんど同義なのです。
在住者が語る、食事観の変化
こうした食文化の本質は、実際に暮らしてみて初めて腑に落ちるものかもしれません。移住した当初は、料理が運ばれてくるまでの待ち時間に日本の感覚で苛立っていた人も、数年も経てば、携帯を置いて家族と3時間かけてとる週末のランチを、一週間で最も大切な時間と感じるようになると言います。食事の時間が長いのは、それだけ人との時間を大切にしているから。その視点を持つと、イタリアの食卓の風景がまったく違って見えてきます。
イタリアの食文化をより深く知りたい方には、料理の歴史や地域差を解説したこちらの記事もおすすめです。
イタリア人の1日の食事と時間帯
イタリアの夕食は20時前後、昼食は13時以降というのが一般的な目安ですが、日本とはそもそも1日の食事の組み立て方が異なります。1日の食事の流れを知ることで、なぜ食事時間が長くなるのかがより立体的に見えてきます。
朝食・昼食・おやつ・夕食…1日の流れ
イタリア人の1日の食事は、昼食が中心に置かれているのが最大の特徴です。
朝食はとても軽く、バールでカプチーノと甘い菓子パンを立ち飲みで済ませるのが一般的です。午前11時頃には再びバールに立ち寄り、エスプレッソとビスケットで小腹を満たします。この午前の間食をスプンティーノと呼びます。
昼食(プランツォ)は13時以降が一般的で、1日のなかで最もしっかり食べる食事です。職場が自宅に近い場合は、一度帰宅して家族と昼食をとる人も少なくありません。昼食から夕食まで時間が空くため、16時頃には果物やお菓子などの午後の間食、メレンダをとる習慣もあります。
夕食(チェーナ)は20時から20時半が一般的な開始時間です。昼食でしっかり食べた日は夕食を軽めに済ませることが多く、生ハムやサラミ、チーズなどを並べて食べる家庭も多いようです。
夕食前のひと時、アペリティーボとは
イタリアの夕食時間が20時以降になる理由のひとつが、夕食前のアペリティーボの習慣です。
アペリティーボとは、夕食前の18時頃から楽しむ食前酒の時間のこと。バールでスプリッツやワインを一杯飲みながら、オリーブやチーズ、生ハムなどの軽いつまみを楽しみます。仕事終わりに同僚と立ち寄ったり、友人と待ち合わせたりと、1日の終わりをゆっくり切り替えるための大切な時間として、イタリア人の生活に深く根づいています。このアペリティーボで話し込むことも多く、気づけば夕食の席についたのが21時を過ぎていた、ということも珍しくありません。
なお、イタリアは南北で食事の時間帯に差があります。南イタリアでは夕食の集合時間が21時、実際に食べ始めるのが22時過ぎということも普通にあります。旅行先が南部の場合は、さらに遅くなることを想定しておくとよいでしょう。
食事時間を歴史的に見ると
イタリアは2020年の春に全土ロックダウンを宣言し、レストランも大きな影響を受けました。ロックダウン解除後も、レストランの営業時間は午後の18時までとされた経緯があります。
そもそも、イタリアの夕食の時間は20時前後が平均的であるため、18時までの営業は経営者には大きな痛手。
そこで、ある歴史学者がこんなことを提唱したのです。
それは、19世紀のエリートたちが昼食を15時以降に開始し2時間近くかけていたという歴史的な事実をもとに、イタリアも昼食をメインにしたらどうか、というものでした。
当時の昼食は量も多く、そのため夕食は夜食程度にしか摂取しなかったそうです。
つまり、イタリアにおける食事時間の長さはこうした歴史を踏まえて現代まで続いている「伝統」なのだということが分かります。
イタリアで本格的に食事をするとどのくらいかかる?
それでは、本格的にイタリア式の食事をするとどれくらい時間がかかるのでしょうか。
イタリア料理のコース構成
イタリアの食事は、次のようなメニューで構成されます。
- 前菜(アンティパスト)
- パスタやリゾットなどの炭水化物が供されるプリモピアット
- 肉類や魚類が登場するセコンドピアット
- つけあわせの野菜(コントルニ)
- デザート(ドルチェ)
- コーヒー
- 食後酒
これらの料理や飲み物がすいすいと運ばれてくれば問題ありませんが、そこはイタリア、それぞれの料理が運ばれてくるまでにかなり時間がかかるのが通常です。
というのも、こうした一連の食事を提供するリストランテではもともと数時間をそこで過ごすことを前提に料理されているためで、訪れる客のほうもそれは承知の上、という共通認識があります。
たいていは家族や親せき、友人同士が集ってこうした食事をするのですが、イタリア人らしく約束の時間に全員がそろうことはまれで、顔を合わせれば大仰に抱き合い頬にキスし一別以来の消息を語り合い、となかなかメニューを決めるところまでたどり着きません。
ようやくメニューを広げても、全員がオーダーし終わるまでには30分近くかかることも。というわけで、週末のお昼などに今日はレストランで外食だよという日はほぼ半日潰れることを覚悟する必要があります。
13時前に入店して「15時には次の観光へ」と考えていても、前菜が出るまでに30分、パスタでさらに30分と進み、デザートとエスプレッソを終えて店を出る頃には17時近く——旅行者の午後の予定は、こうして簡単に崩れていきます。観光と組み合わせる日は、リストランテでの昼食は半日仕事だと割り切っておくのが賢明です。
実際にリストランテで食事をする際は、注文の仕方やテーブルマナーも気になるところです。イタリア料理のマナーについては、こちらの記事で詳しくご紹介しています。
各コースにどんな料理が登場するのか、より詳しく知りたい方はこちらもあわせてどうぞ。
皿数を減らしても時間が変わらない理由
われわれ日本人の胃袋には到底収まり切らないイタリア料理。最近は食の廃棄問題もクローズアップされているため、私はプリモピアットを省きますとか、セコンドピアットはパスしますといっても、レストランでそれほど顰蹙を買うことはなくなりました。
しかし、こうしていくつかの皿数をカットしても、食事時間の節約にはつながらないのも事実。レストランの給仕は、お客さんの卓上の皿の進み具合、会話の弾み具合を観察しつつ、次の料理を運ぶタイミングを見ています。そのため、同じテーブルにいる友人知人が従来通りの食事に徹していれば、食事にかかる時間は一向に変わらない、ということになるのです。
パスタ1皿だけならすぐ終わるだろう、という思い込みも禁物です。1品だけの注文でも、店側に「急いで提供する」という発想がそもそもありません。客はゆっくり過ごすものという前提で店全体が回っているため、催促したところでペースは変わらず、1皿のパスタを食べて店を出るまでに2時間近くかかった、という話も珍しくありません。
日本ではおひとり様の食事が話題になっていますが、イタリア人がひとりで食事をする場合にはあまりレストランに入ることはありません。トラットリアあたりで済ませるのが定石です。複数で入店することがほぼ前提であるレストランでは、短時間での食事は難しいといっても過言ではないでしょう。
イベントにおける食事はさらに長時間を覚悟せよ!
イタリアにおける最大のイベント、それはクリスマスや復活祭です。
キリスト教離れが顕著な昨今も、一族郎党が集う食事に関してだけは伝統重視。こうしたイベントの食事は、さらに時間を要して食事をすることになります。
前菜からデザートにいたるまで複数の料理が並ぶため、食後酒にたどりつくまでに3時間以上はゆうにかかります。
クリスマスや復活祭には、その時期だけのお菓子も存在します。レストランではなく個人宅に招かれると、食後にもテーブルの上にこうしたお菓子や果物、ドライフルーツが並んで、宴は果てしなく続くという光景が風物詩となっているのです。
イタリアでの食事時間を節約したい場合は?
長期の滞在であれば、たまさかにこうしたイタリア式の食事を楽しむのも一興です。いっぽう、時間を節約したい旅行中は、上手に食事をして1日の観光を有効に使いたいもの。短時間で済ませられる選択肢をいくつかご紹介します。
短時間で済ませられる店の種類
まず、イタリア人の生活に根づいているバールがあります。バールは、コーヒーなどの飲み物だけではなく軽食も提供してくれるところが多く、お総菜のような感覚で食事を楽しめます。サンドイッチやパスタ、肉料理、野菜など、1品の注文でも問題ありません。
また、大都市のオフィス街であれば、サラリーマンを対象にオープンしているターヴォラ・カルダがあります。ちょっと質のよい学食のような体裁で、セルフサービスであることも多々。食べたいものだけチョイスして、短時間で食事を済ませることができます。
さらに、切り売りピッツァやピッツァ専門のレストラン、ピッツェリアも短時間の食事向きです。切り売りピッツァは特にローマに多く、食べたいピッツァを好きな量だけ切り売りしてくれるファーストフード感覚が長所。ピッツェリアは、たいていは釜焼きピッツァを提供します。観光客相手のお店以外は、昼は釜に火を入れないために夕食のみというところも多いのが実情です。
居酒屋のようなオステリア、レストランより庶民的なトラットリアも、好きな料理だけ選択できるというメリットがあり、食事時間は1時間強で済むことが多いようです。オステリアやトラットリアならば、作り置きを選ぶのではなくメニューから注文して食べることができますので、作り立ての美味しい食事をしたい場合にはおすすめです。
それでも時間がかかるのがイタリア流
レストラン以外のこうした軽食のお店に入店しても、イタリア人の知人が一緒であれば否応なく時間をとられることは頭に入れておいたほうがよいでしょう。イタリア人にとってごちそうとは、食べるものだけではなく友人知人と語り合う会話にもあるためです。また、こうした食事を水で済ますことはまずなく、昼間でもビールやワインをおともに食事をすることから、アルコールの勢いでおしゃべりは際限なく続きます。
これはお店の業態に限った話でもありません。時間節約のつもりで立ち飲みのバールに入っても、隣り合わせた地元の人に話しかけられ、気づけば30分以上話し込んでいた——そんな体験談は枚挙にいとまがありません。イタリアで「時短ランチ」を狙うこと自体、半ば不可能と心得ておくのが無難です。
これもイタリア文化の一端と心得て、イタリア式の食事を楽しんでみてください。
日本でイタリア式の食事を楽しむには
自宅でコース料理を再現してみたら
イタリアの食文化に魅力を感じ、日本でも同じように楽しもうとする人は少なくありません。ベランダでのアペリティーボから始めて、前菜、パスタ、メイン料理と1皿ずつ順番にサーブしていく——ただ、実際にやってみると、ホストはキッチンとテーブルを往復しっぱなしで、肝心の会話にほとんど加われないという壁にぶつかります。料理の進み具合を見ながら次の皿のタイミングを計り、その合間にゲストをもてなす。イタリアの家庭ではマンマが当たり前にこなしているこの仕事は、一人でやるには想像以上の体力と段取りを要するのです。
シェフくるという選択肢
料理も会話も、どちらも存分に楽しみたい。そんな願いを叶えてくれるのが、出張シェフサービスのシェフくるです。
プロのシェフが自宅に来て、仕込みから調理、盛り付けまでをすべて担当してくれるため、ホスト自身はキッチンとテーブルを往復する必要がありません。家族や友人との会話に集中しながら、本格的なコース料理をゆっくりと楽しむことができます。かしこまった雰囲気ではなく、シェフも含めてリラックスした空間で、ちょっとだけイタリアンな夜を過ごしてみてはいかがでしょうか。
